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2015年1月

虎ヶ岳観音寺コース登山口~河野通直の墓に行ってきた。

  どーもです。sun

虎ヶ岳観音寺コース登山口~河野通直の墓に行ってきた。


 前回の家系図調査で気になっていた“光市の観音寺”

電車で2時間かけて、島田駅へ。train

そして、タクシーで観音寺まで行って探したのだが、“観音寺”というお寺は

存在せず、集落の名前だけが残っているようです。地元の人に聞いても

そのようなお寺は知らないそうです。ただ、タクシーの運ちゃんはこの

お地蔵さんの左側をまっすぐ行けばあると言っていたが・・・、なかった。

≪観音寺集落の目印の石仏≫
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そして、タクシーで問題の虎ヶ岳観音寺登山口。

ネットでここの登山口から山に登った方のブログに石仏がたくさんあると

書いてあったので、ここに先祖につながるヒントがあるのではと思い、

登ってみることにした。

≪虎ヶ岳観音寺コース登山口≫

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≪こんな山道でした。軽装で行ったので、少々しんどかった。≫
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≪石仏の数々。道案内をするが如く山道に沿っていらっしゃいました。≫
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≪虎ヶ岳の案内版≫
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  本当に昔の山道という感じでした。但し、ゴールがどこかよくわからなかった

ので、約30分歩いたところで引き返した。

  そして、約100年前、祖父が住んでいたであろう場所へ再び。

≪光市の水道局のタンク?が目印≫
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≪この裏がお墓≫
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≪お墓の入り口にある石仏≫
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≪お墓がたくさんありましたが、河野家のものはありませんでした。
一番古いもので安政の年号(1854~1860年)でしたので、ここのお墓は
比較的新しいものと思われます。≫
P1140880

  推測ですが、やはりその昔、観音寺というお寺がこの辺りにあったのだと

思います。なんらかの理由で、廃寺になり、集落の名前とお墓が残ったと

思います。そして、この地にいた河野家はその観音寺の周りを守る一員では

なかったかと。

≪観音寺集落≫
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≪道端のお地蔵さん≫
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  そして、周防小学校へ。学校の裏の田園地帯。
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  【今回は動画にしてみました。】






  あと、この辺りを散策していたら、山にお墓を発見。近所の人に

許可をもらい、見せてもらいました。

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  守田姓のお墓でしたが、家紋が“河野家”の家紋と一緒でした。
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  この墓のあるところから、周防小学校を撮影。
(真ん中が小学校)
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(拡大。真ん中の木の下が河野通直のお墓です。)
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  ここから守田一族が河野一族を見守っているのかもしれません。

守田氏と河野氏は古くから血縁関係があったようですが、私の親戚には

いらっしゃいません。

やはり、今回も先祖につながる手掛かりは得られませんでした。

ただ、タクシーの運ちゃんの話ですとこの近くの“立野”には河野姓の方が

たくさんいらっしゃるようなので、次回はこの方面へお墓探索に行ってみようと

思っています。

  なお、この河野通直のお墓について詳しい文献や資料を探しています。

ご存知の方がいらっしゃいましたら、コメントをよろしくお願い致します。



  では、また。(*゚▽゚)ノ

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相変わらず、詰みが読めない。

  どーもです。think


相変わらず、詰みが読めない。


  今日の将棋倶楽部24からの対局で、また即詰みを逃してしまう。

≪本譜≫




≪読めなかった詰将棋≫

(激指13で詰みを確認。しかし、▲8五桂でなく、▲8五桂打ちのほうが早く詰むような
気がする。)

  いつも詰んでいるか詰んでいないかは勘でわかる。up

しかし・・・・・、詰みが読めない。▲5三角成の手が見えず、逃してしまう。

△7二玉と逃げれば、詰むのは読めたのだが・・・。

  先手玉も即詰みはなかったものの、必死を掛けられる手順は

あったかもしれないので、危なかった。


                     将棋は終盤。



  では、また。


  

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遊々将棋塾・羽生二冠(角落ち)VS河野水軍(2004年)

  どーもです。wink


遊々将棋塾・羽生二冠(角落ち)VS河野水軍(2004年) 


  先日、本棚を整理していたら、昔、プロと対局を記録した棋譜が

でてきた。パラパラと見ながら、なつかしさを感じていた。dollar

棋譜ノート

 

  そんな中、印象深い棋譜があったので、載せてみよう。

 

≪2004年7月24日の対局≫


≪2004年10月16日の対局≫

  この2局は2004年の7月24日、10月16日に東京将棋会館で行われた

遊々将棋塾での対局です。(もうあれから10年以上経つのか~)

さすがにこの時は日頃見かけない人がワンサカ来て、大変でした。

羽生二冠はかっこいいスーツを着て登場。さすがきまってましたね。

  あと、棋譜ノートにサインもらいました。pencil

棋譜ノートのサイン

  この時の思い出として、連盟職員が来て、一人の持ち時間の説明などが

あり、異例中の異例でした。(普段は連盟の職員は来ない。)

  どちらの対局だったか忘れたが、印象に残ったエピソードがある。

  小学生2,3年の子だろうか、羽生二冠に平手で挑戦した子がいた。

その対局は居飛車VS三間飛車だった。もちろん、勝敗は羽生二冠の勝ち

だった。しかし、この子との感想戦は結構長かったのだ。この時は子供

だからサービスでと思っていたが、その子はその後奨励会に入会し、

現在三段リーグで戦っている。

  「天才は天才を知る」ということか。

  ちなみにオレとの感想戦は短かった・・・。(´・ω・`)ショボーン

  そういえば、1994年の棋王戦を京都まで見に行った覚えがある。

これがその時の写真。

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  月日が流れるのは早い。前夜祭から約20年、対局から約11年。

色んなことがあったなと思う今日この頃でした。end


(注;羽生二冠;当時の肩書。二冠だったと思う。)

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【将棋ウォーズ】読めなかった詰み~

  どーもです。sweat02


【将棋ウォーズ】読めなかった詰み~


  相変わらず、グダグダの将棋を指しているオレ。(*^m^)

調子が良い時もあれば悪い時もある。今日はちょっと強い四段と当たった。

なんでも13連勝中で勢いのある相手だ。shine

では、その棋譜をみてみよう。

≪今日の課題≫



  中盤、馬をあっさり作れて優位に立つも、もたついてしまう。

玉頭が忙しくなってきたので慌ててしまった。最後、詰みがあったのだが、

残念ながら、読めずに受けになってない受けで負け。(;ω;)

  ここはオレのアンテナでも詰んでいると判断したが、踏み込めなかった。

  弱しオレ。最初の一手が読めなかった・・・

                ちなみに持ち時間は2分で!!!

              この詰将棋は簡単7手詰め。


  明日は11年前に行った羽生二冠(当時)の角落ち戦をアップします。


  では、また。

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詰ますことができず、撃沈!

  どーもです。fuji


詰ますことができず、撃沈!


  正月はなぜだか“信長の野望・革新”にはまってしまい、将棋はおろそか。

たまには気分転換をせねばと。

  そんな中、年末に指した対局で詰むと思ったら、詰みを逃した対局を

振り返ることにした。

  またもや中盤にミスを連発し、敗勢へ。しかし、相手が逃げ間違え、

逆転模様になるも、詰みを逃し負け。詰んでる予感はしてたのだが・・・。


  正しくはこうすれば、詰みでした。

  弱し、オレ。crying今年も戦いは始まったばかり。

  続く。on

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